岸本知弘

2013.09.13

第3号「恩師の訃報に触れ」

歯科に対する想いはデカく、態度もデカいが見た目もデカくなりつつある、そんな岸本知弘が身の引き締まる思いで綴る徒然。
今回も最後までお付き合いいただきますよう宜しくお願い致します。
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私の大学時代の恩師が8月11日に他界されました。
内科学の教授で酒と煙草をこよなく愛し、学生に対してのみならず教授会でも忌憚なき意見をバンバン発言する、ちょっと風変わりな先生でした。
先生は「君らにとって内科学は直接国家試験に関わる分野ではない。勉強したくなったときにすれば良いんだから、授業も出てきたくない奴は出て来なくてもいい!」と宣言されており、私はそのご意見を忠実に守り、先生の講義は数えるほどしか出席しませんでした(そもそも講義自体も数えるほどしかなかったが)。
そんな私のことを先生は何故か可愛がってくださり、大学近くの(四川料理やベトナム料理などの)“辛い店”で酒を呑みながらの講義を幾度となく開催してくださいました。
迷ったときには必ず相談し、その度に先生は明朗快活な即答で答えてくださいました。

episode1)
国家試験過去問題で「この問題の解答は果たしてこれだけか? ●●な場合も▲▲な場合もあり、その都度答えは変わるのでは?」と質問した際は「国家試験は、君が歯科医師になるためには必ず通らにゃならん門でだね、そこを通る際の、そんなツマラン悩みは要らん。過去問の答えが■■な ら→■■と覚える。悩みたければ、さっさと歯科医師になれ!」との答え。当時から理屈っぽい私は何事も理屈で考えてしまうタチで、理屈に合わない答えを覚えるというのは不得手でした。しかし先生のこの答えに私の眼前は瞬時に澄み渡り、以降過去問の答えに納得がいかなくても、それを覚えるという作業が出来るようになりました。そして現在、そのツマラン悩みを精一杯悩むことが出来ております! (笑)

episode2)
末期癌によるターミナルケアでの入院患者さんを先生が回診されるのに同行させてもらう際、「先生はどういうお気持ちで患者さんと接しておられるのですか?」と尋ねると「そんなもんはわからん。何十年も医者はやっとるが、俺はまだ死んだことがない。死に向かう人の気持ちが分かるはずがない。入り口の扉の前に立ち、襟を正して一呼吸して、それから部屋に入る。色んな話をして学ばせてもらう。それしか出来んぜ。」この答えには驚きました。先生にも分からないことがあるんだ、という驚き。患者さんから学ばせてもらうというコトは、こういうコトを言うのか!先生とのこのやりとりは私の人生指針の一つになっております。

episode3)
「遊学一体」という画文集を出版された際、「先生のご本、しっかり読ませていただきます!」と申したところ「あれに書いてある研究の部分は、我ながらマジメに書いたんで面白くないから読まんでよろしい。遊びの部分こそが大切だから、そっちから何かを感じ取ってくれ」との弁。常々「研究なんて、その気になれば何処でも出来る。立派な施設なんて要らん。人生を懸けて臨む気になれば、周りなんて関係ない。それこそ時間なんてモノはどれだけ有っても足らんのだよ。」と仰ってました。一生懸命遊ぶように一生懸命研究する。何事にも一生懸命たれ、と先生は伝えたかったのではないでしょうか。

ちまみに、煙草は「吸う」のではなく「のむ」ものだそうで、「飲む」ではなく「喫む」と表記したそうな。喫煙とはまさに煙を喫うことなんですね。
とまぁ、とにかく豪快で、先生は調子が上がるほどに飲んで喫のんで、であり、私は飲んで呑んで、でありまして、先生は何処までも昇り続けられるのですが、私の行く先は気分爽快で撃沈・・・という場面が多かったです。 そんな私を後輩諸氏は気遣ってくれるのですが、先生は「息してる?じゃ放っておけ。そんなに気になるんなら脈でもとってやれ」と指示し、これまた従順無垢な後輩は習いたての脈の取り方を私の体のあちこちで試したそうでありますが、当の私はそれを知る由もございません。今も昨日の事の様に思い出される先生とのエトセトラでありますが、もう新しい思い出が作れないのかと思うと寂しくて仕方ありません。
と同時にこれからは先生から教えていただいた諸々を糧として私の周りに明るい風を吹かせて行きたいと思います。
仁木 厚 先生 享年81歳。 心よりご冥福をお祈り致します。

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